あざみ野の約 60 年前と今
昔と今の比較
周辺で撮影された単写真: 1969 年 4 月 28 日 (地点から 0.3 km)
この年代の見どころ: 右のはしで丘を削って通された弧をえがく広い道。駅の場所はまだ田と林のなか
操作方法: ドラッグで移動 / 右ドラッグで回転と傾き / ⌘ か Ctrl を押しながらスクロールで拡大縮小操作方法: 2 本指でスライドして移動 / ピンチで拡大縮小 / 2 本指の上下ドラッグで傾き
この 3D の地形は現在のものです。昔の写真と重ねたときのずれこそ、丘を削り谷を埋めた造成の証拠です。
※ 3D の標高データは現在の測量にもとづくものです。写真の撮影当時の地形ではありません。標高タイル: 地理院タイルを加工して作成
3D 表示を読み込めませんでした。通信状態をご確認のうえ、もう一度お試しください。
昔の写真の灰色の部分: この年代の空中写真が提供されていない範囲 (撮影の範囲外や海の上など) です。
※ 地形の陰影は現在の測量にもとづくものです。写真の撮影当時の地形ではありません。陰影起伏図: 地理院タイルを加工して作成
※ 地図は現在のものです。写真の撮影当時の地図ではありません。地図: © OpenStreetMap contributors
出典: 地理院タイル (年代別空中写真 / 年度別空中写真 / 全国最新写真 / 単写真 / 写真の撮影期間) を加工して作成
この周辺を自由に見る地図を動かして、まわりの昔と今も見比べられます。
神奈川県のあざみ野周辺を写した 1961〜1969 年の空中写真に、現在の写真を重ねて比較できます。写真はすべて国土地理院が公開しています。
この地点で見られる写真の年代
あざみ野周辺では、次の年代の空中写真を比較に使えます。
この地点には 1945〜1950 年から 2007 年度までの 7 つの年代の写真があります。最新の 2007 年度の写真は、2026 年時点で 18〜19 年前のものです。それ以降の写真は、この地点にはありません。年代ごとの違いは空中写真の年代ガイドにまとめています。
年代ごとの提供範囲は地域によって異なります。ここには、この地点で実際に写真がある年代だけを載せています。
この地点の標高
あざみ野駅付近の標高 (海抜) は 31.4 m です (出典: 国土地理院 標高 API)。あわせて、この地点を中心とした東西と南北の地形断面を載せています。








断面の位置 (縦の緑の線 = 南北 / 横の青い線 = 東西)
標高は地表面の値です (駅が地下や高架にある場合も、値は地表面のものです)。標高は防災上の一要素にすぎません。実際の水害リスクなどは、ハザードマップポータルサイトや自治体が公表するハザードマップでご確認ください。
断面の標高タイル:地理院タイルを加工して作成
鉄道でのアクセス
あざみ野駅には次の路線が乗り入れています。
- 横浜市営地下鉄 ブルーライン
- 東急電鉄 田園都市線
路線情報の出典:国土数値情報 (鉄道データ / 国土交通省) を加工して作成。
市街地の割合から見た変化のようす
1976 年と 2021 年の土地利用で比べると、半径 500 m の市街地の割合は 20% から 93% へ変わりました。市街地の広がりは、掲載地点の中では大きい部類 (上位 2 割)です。下のバーは、この地点の市街地の広がりが掲載地点の分布のどのあたりにあるかを示しています。
出典: 国土数値情報 (土地利用細分メッシュ / 1976 年と 2021 年 / 国土交通省) を加工して作成。写真のきめ細かさ (テクスチャ量) は 17 から 36.7 へ変わっています。写真どうしの機械的な比較で、撮影時期や白黒とカラーの違いによる差も含まれるため、あくまで目安としてご覧ください。
地価公示価格の推移
この地点に最も近い地価公示の標準地は「神奈川県 横浜市青葉区あざみ野 2 丁目 23 番 24」(直線距離で約 619 m / 用途は住宅) です。この標準地の 1987 年から 2026 年までの公示価格 (1 平方メートル当たり) の推移は次のとおりです。2026 年公示では 509,000 円です。
推移を表で見る
| 年 | 公示価格 |
|---|---|
| 1987 年 | 590,000 円 |
| 1988 年 | 890,000 円 |
| 1989 年 | 764,000 円 |
| 1990 年 | 764,000 円 |
| 1991 年 | 783,000 円 |
| 1992 年 | 726,000 円 |
| 1993 年 | 520,000 円 |
| 1994 年 | 436,000 円 |
| 1995 年 | 409,000 円 |
| 1996 年 | 385,000 円 |
| 1997 年 | 380,000 円 |
| 1998 年 | 374,000 円 |
| 1999 年 | 355,000 円 |
| 2000 年 | 345,000 円 |
| 2001 年 | 337,000 円 |
| 2002 年 | 327,000 円 |
| 2003 年 | 317,000 円 |
| 2004 年 | 307,000 円 |
| 2005 年 | 304,000 円 |
| 2006 年 | 317,000 円 |
| 2007 年 | 355,000 円 |
| 2008 年 | 398,000 円 |
| 2009 年 | 369,000 円 |
| 2010 年 | 345,000 円 |
| 2011 年 | 342,000 円 |
| 2012 年 | 338,000 円 |
| 2013 年 | 339,000 円 |
| 2014 年 | 351,000 円 |
| 2015 年 | 363,000 円 |
| 2016 年 | 374,000 円 |
| 2017 年 | 384,000 円 |
| 2018 年 | 394,000 円 |
| 2019 年 | 407,000 円 |
| 2020 年 | 419,000 円 |
| 2021 年 | 422,000 円 |
| 2022 年 | 427,000 円 |
| 2023 年 | 437,000 円 |
| 2024 年 | 453,000 円 |
| 2025 年 | 484,000 円 |
| 2026 年 | 509,000 円 |
出典: 国土数値情報 (地価公示データ / 国土交通省) を加工して作成。公示価格は毎年 1 月 1 日時点の標準地について公表される値で、個々の土地の取引価格を示すものではありません。標準地の選定や所在地は年によって見直されることがあります。
近くの地点
あざみ野から近い順に並べています。見比べると、同じ地域がどう移り変わってきたかがつかめます。
地図の印を選ぶと、地点名とその地点へのリンクが出ます。
同じ成り立ちの地点
あざみ野と同じくニュータウンとして生まれた街を、離れた地域から選んでいます。土地の使われ方や街の形を比べ、共通点を探せます。
地図の印を選ぶと、地点名とその地点へのリンクが出ます。
さいきん見た街
この履歴はお使いの端末の中だけに保存され、サーバーには送られません。ブラウザーの設定によっては、しばらく訪れないでいると自動的に消えることがあります (アプリとして使うと消えにくくなります)。
別の街のうつりかわりも、のぞいてみませんか。
























あざみ野のあゆみ
あざみ野という町名が生まれたのは 1976 年 1 月 15 日である。元石川町と大場町などの一部を合わせて、一丁目から四丁目までが新しく置かれた。前の日の 14 日には、組合が施行した元石川大場土地区画整理事業が換地処分を迎えている。面積は 179.7 ヘクタールで、東急の社史はこれを多摩田園都市で最大規模の区画整理と記す。田園都市線の駅はこの区画整理の仕上がりを待って造られ、町名と同じ名で 1977 年 5 月 25 日に開いた。
標高 5 点を並べると、高いのは南だけである。中心は 31.4 m、西は 31.1 m でほぼ同じ高さにあり、北は 26.2 m、東は 23.9 m と低くなる。南は 47.5 m で、中心より 16 m ほど上にある。地点の周りで市街地が占める割合は、1976 年に 19.7 %、2021 年に 92.8 % である。
造成の前、丘は畑と林に分けられていた
1945〜50 年の写真は、画面の上の 6 割ほどしか写っておらず、下は撮影の範囲から外れて灰色になる。見えるのは小さな畑と林が入り組んだ丘で、左上から中央へ、白い道が谷をたどって曲がりながら下りてくる。その道の東に、細長い建物が何棟か平行に並ぶ一角がある。
1961〜69 年の写真では画面の全体に丘が写る。尾根の背は濃い林におおわれ、谷の底の田が明るい筋になって細長く延びる。左の半分では、そうした谷が東西の向きに何本も並ぶ。白い道は 1945〜50 年と同じ線で中央まで下り、細長い建物の一角も同じ場所にある。動きが出ているのは右のはしで、丘を削った明るい面に、幅の広い道が大きな弧をえがいて通された。駅の場所にあたる中央のやや下は、まだ田と林のなかである。区画整理組合の設立認可を申請する時に、東急が新しい駅を置くと約束したのは 1968 年 11 月である。
換地の前の年、道だけが先に引かれた
1974〜78 年の写真は 1975 年 1 月の撮影で、換地処分のおよそ 1 年前にあたる。画面の上の 3 分の 1 はすでに建物で埋まり、上の中ほどでは集合住宅の長い棟が向きをそろえる。その下、左のはしから中央までは橙色の土がひと続きに広がり、曲がった街路と区画を割る線がくまなく引かれているのに、建つ家はまばらである。街路だけが先にできた面の東のふちを、細い直線が上下に貫き、その両わきもまだ空いている。右上のすみから下のふちの中ほどへは、幅の広い直線の道が斜めに画面を横切る。下の 4 分の 1 ほどは、1961〜69 年と同じ林と谷の田のままである。
撮影が 1979 年 10 月の 1979〜83 年の写真では、橙色だった面に小さな屋根が街路をなぞって並ぶ。左の中ほどには、楕円の走路をもつ広場が二つ隣り合う。中央のやや下では、上下に通る直線の上に細長い屋根がのっていて、1977 年に開いたあざみ野駅とみられる。中央から右にかけての区画には茶色の空き地が多く残り、大きく弧をえがく道がその面を横切る。
1984 年に撮られた 1984〜86 年の写真では、右寄りの空き地も屋根で埋まった。左のはしには集合住宅の棟が列をつくり、左上にも新しい住宅地と白い大きな建物の敷地が開いている。画面の下の林は、1961〜69 年からほとんど形を変えていない。
南の林は 1980 年代の終わりに切り開かれた
1987〜90 年の写真は 1989 年 10 月の撮影で、画面の下を占めていた林が消えている。左下から中央の下にかけて、赤茶色と白の裸地が等高線をなぞる段々に刻まれ、段ごとに区画の線が引かれた。標高 5 点のうち最も高い南の側にあたる丘である。右下のすみでも同じ段々の土が開き、その北には高い建物が数棟立つ。駅から南へ下る直線は、段々の土のあいだを通っている。
1992 年 9 月には区画整理に伴って町の境が引き直され、あざみ野二丁目の一部があざみ野南三丁目になった。2007 年度の写真は上のふちが写っていない。段々の土だった左下と中央の下は住宅で埋まり、左下には建物の入らない平らな区画がいくつか残る。
地下鉄は元石川でもたまプラーザでもなく
横浜市営地下鉄 3 号線との接続駅は、1966 年の都市計画地方審議会の答申では元石川とされていた。東急はたまプラーザ駅での接続を求めた。1981 年 4 月には美しが丘連合自治会が 1 万人分の署名を携えて横浜市と東急に同じ接続を要望したが、横浜市議会は全会一致でこれを退けた。東急が市の案のあざみ野駅を受け入れたのは 1984 年 11 月である。3 号線は 1993 年 3 月 18 日に新横浜からあざみ野までが開業し、1994 年 11 月 6 日には港北区と緑区が組み替えられて青葉区が置かれた。
今の写真では、1989 年に段々の土だった画面の下も、小さな屋根の住宅でほぼ埋まっている。中央を上下に通る直線と、右上のすみから斜めに横切る幅の広い道は、どちらも 1975 年と同じ位置を通る。駅の南では、直線に沿って細長い畑と緑の列がはさまる。左上のすみと上のふちの左寄りにある濃い林は、1961〜69 年に同じ場所を占めていた尾根の林と輪郭が重なる。
東急の集計で、あざみ野駅の田園都市線の 1 日平均の乗降人員は、開業した年度の 3,992 人に対して、2025 年度は 12 万 498 人である。横浜市の住民基本台帳では、2025 年 6 月にあざみ野 1〜4 丁目で 1 万 7,682 人が暮らす。
地点の中心から 619 m 離れたあざみ野 2 丁目 23 番 24 の標準地には、1987 年から公示の値がある。1 平方メートルあたりの価格は、2026 年公示までで最も高い 1988 年の 89 万円のあと上下し、1992 年から毎年下がって、2026 年公示までで最も低い 2005 年の 30 万 4 千円に至った。2006 年から 2008 年にいったん上がり、2009 年から 2012 年に下げたあと、2013 年からは毎年上がって、2026 年は 50 万 9 千円で、1988 年の 6 割弱にあたる。