よみもの
昔の空中写真から見えてくる街の成り立ちを、テーマごとの読み物にまとめています。気になる街が出てきたら、本文のリンクから写真の比較ページへ進めます。
-
昔は海だった場所 埋立地を空中写真と地図でたどる
豊洲、みなとみらい、ポートアイランド、りんくうタウン。1940 年代の空中写真では海面や砂浜だった場所が、埋め立てを経て駅や高層ビルの並ぶ街へ変わりました。東京湾から伊勢湾、大阪湾、博多湾まで、年代を進めると海の上に陸地が現れる瞬間を、標高や地価の記録とあわせてたどります。
-
標高くらべ 低い街と高い街を地形から読む
標高の最低は -0.2 m のユニバーサルシティ、最高は 189.5 m の北摂三田ニュータウン。カコマップに掲載した地点を標高順に並べると、低い側は埋立地と工場跡、高い側は丘を削ったニュータウンに分かれます。東西と南北の 2 本の断面グラフで起伏や水面の途切れまで読み、街の生まれ方の違いを数字でたどります。
-
山を削って生まれた街 ニュータウン造成の跡
千里中央、名谷、多摩センター、たまプラーザ、真駒内。丘陵を削って平場をつくる造成は、削った土砂の行き先まで含めて一つの土木工事でした。空中写真に残る造成中の裸の大地と四方の標高の段差、神戸で海へ運ばれた土の行き先を並べて、丘の上に開かれた街の成り立ちをたどります。
-
操車場の跡地に生まれた街を空中写真で見る
梅田、吹田、長町、静岡、岡山、汐留。貨車を仕分けた操車場は、駅のすぐそばにありながら人が立ち入れない空白として空中写真に写り続けました。1984 年のヤード集結輸送の廃止を境に、その空白が超高層ビルや病院、公園に置き換わっていく変化を地点ごとにたどります。
-
工場跡地の再開発を空中写真で比べる
恵比寿、川崎、博多、札幌、佃、尼崎、大崎、倉敷、大阪。ビール工場や造船所、紡績工場が占めていた大きな区画は、1990 年代からの再開発で商業施設や住宅街、球場に置き換わりました。1961〜69 年の空中写真と 2026 年時点を並べ、きめ細かさの値と地価公示の推移から変化の幅を読みます。
-
炭鉱と製鉄所の記憶を空中写真で読む
釜石、大牟田、いわき湯本、東田、鹿島、水島。石炭と鉄で栄えた土地は、閉山や高炉休止を経て住宅地や観光地、博物館の街区へ姿を変えたか、今も高炉が動いています。1961〜69 年からの空中写真と 2026 年時点を並べ、標高と地価公示の推移から 6 地点の変わり方を読みます。
-
東洋一と呼ばれた団地を空中写真でたどる
香里、常盤平、武里、高島平、男山。日本住宅公団が 1958 年から 1972 年にかけて建てた大規模団地は、火薬工場の跡や水田、丘の山林の上に一気に立ち上がりました。入居開始の年と空中写真、標高、地価公示の記録を重ねて、団地という街の出発点をたどります。
-
新駅と街が同時に生まれた場所を空中写真で見る
恵み野、千葉ニュータウン中央、フラワータウン、流山おおたかの森、泉中央、高輪ゲートウェイ。線路が通る前の写真に写るのは畑や林、車両基地です。開業の年を挟んで年代別の空中写真を送り、駅が街を呼んだ場所と、街に駅があとから加わった場所を見比べ、開業年を起点にした地価公示の動きも並べます。
-
地価公示の 40 年をニュータウンの空中写真と重ねる
男山団地、南町田、名谷、洛西ニュータウン、たまプラーザ。1983 年から 2026 年までの地価公示を並べると、1991 年前後の山と 2010 年代前半の谷が一本の折れ線にそのまま残ります。造成前の空中写真と価格の記録を重ねて、丘陵に開かれた街の 40 年をたどります。
-
航空写真を年代別に比較 1928 年から 2007 年度まで
このサイトで見られる国土地理院の空中写真 (昔の航空写真) は、1928 年から 2007 年度までの 9 つの年代です。年代ごとに誰が撮影し、どの地域で見られ、写り方がどう違うのかを、比較できる地点の例とあわせて解説します。昭和 / 平成の元号との対応や、衛星写真を含まないことにも触れます。
-
昔の航空写真の見かた カコマップの使い方
昔の航空写真は、変わったものではなく変わらないものを先に探すと読めてきます。地点ページで年代を切り替えて見比べる手順と、標高、変化の数値、地価公示価格の各欄が何を表し、どう読めばよいかを、実際に昔と今を比較できる地点を例に順を追って説明します。
-
東京湾岸 60 年 埋立の目的の移り変わり
台場、夢の島と新木場、大井ふ頭、有明、豊洲、天王洲、高輪ゲートウェイシティ、殿町。東京湾の湾岸では、沖へ出た年代ごとに埋立の目的が入れ替わってきました。年代別の空中写真と標高の断面、地価公示価格の推移を並べ、江戸の防備から貯木場や物流の拠点を経て研究開発の街区に至るまでの道すじを、地点ごとにたどります。
-
大阪湾岸 60 年 埋立と再開発の変化
大阪湾の湾岸には、1960 年代の空中写真では海面や工場だった場所が少なくありません。咲洲やりんくうタウン、ユニバーサルシティ、神戸の人工島を写真の年代と土地の標高、公示価格の推移から読み解き、湾岸で段階的に進んできた再開発の型を整理します。
-
三大ニュータウンの 60 年 千里 多摩 泉北
千里、多摩、泉北は規模と先駆性でしばしば並び称される大規模ニュータウンです。空中写真の年代と土地の標高、公示価格の系列を突き合わせ、丘陵造成という共通点と、街びらきの時期の差が地価の推移にもたらした違いを、高蔵寺も交えてじっくり読み解きます。
-
掘り込み港湾の地形を空中写真で比べる
海を埋めるのではなく、陸を掘り下げて水面をつくった港を、1961〜69 年の空中写真と 2026 年時点で並べます。鹿島、苫小牧、富山新港、田子の浦、仙台港などで、砂丘や砂浜、潟湖が航路と岸壁へ置き換わる過程を、写真に写る形と標高、地価公示の系列から読み取ります。
-
貯木場の筏はどこから消えたか 新木場 有明 豊洲の昔の写真
新木場、有明、豊洲の貯木場では、水面を埋めた丸太の筏がどの順に消えたのか。1961〜69 年から 1987〜90 年までの空中写真を地点ごとに送り、豊洲、有明、新木場の順に水面が空いていく時間差と、2026 年時点の写真に残る池の輪郭、神戸や宇品の水面との違いを読み解きます。
-
台地の街と丘陵の街 ニュータウンはなぜ丘の上か
ニュータウンはなぜ丘陵や台地の上に多いのか。千葉ニュータウン中央、流山おおたかの森、竜ヶ崎ニュータウン、筑波研究学園都市、ユーカリが丘、常盤平団地の標高を並べると、関東の 6 地点は 20 m 前後にそろいます。千里中央や南大沢の丘陵と比べながら、中心と四方の 5 点の測定値から地形の違いを読み解きます。
-
田園都市線 4 駅の昔の写真 二子玉川から南町田へ
二子玉川、たまプラーザ、青葉台、南町田グランベリーパーク。田園都市線の 4 駅を同じ年代の空中写真で並べると、丘に街が現れる順番と、駅が置かれた高さの並びが見えてきます。1966 年から 1984 年までの延伸と、標高 12.9 m から 71.7 m までの記録をあわせて読み解きます。
-
江坂の区画整理 碁盤目の街区ができるまで
江坂駅の周りは、神崎川の北に広がる平らな田の土地でした。1928 年頃から 1984〜86 年の空中写真で、南北の直線が来た年代を境に田の区画が格子の街区へ替わる順番と、格子に従わずに残った斜めの帯を読み、豊津町の地価公示の記録や守谷、沼津駅前の格子とも並べます。
-
地方博覧会の跡地 ポートピア 横浜博 よかトピアの昔
1981 年のポートピア'81、1989 年の横浜博覧会とよかトピア、1994 年の世界リゾート博。会場の多くは造成を終えたばかりの埋立地でした。ポートアイランド、みなとみらい、百道浜、和歌山マリーナシティの会場跡を、空中写真の年代と、閉幕後に残った観覧車や博物館からたどります。
-
本牧の米軍住宅と埋め立て 海岸線が沖へ出た年代を読む
横浜の本牧では、1945〜50 年の空中写真で岬を回っていた自然の弧の海岸線が、1961〜69 年には埋立地の向こうへ退きます。米軍の家族住宅が 1982 年の返還まで草地のまま残った陸と、先に変わった海の時間差を年代ごとに読み、みなとみらいや金沢シーサイドタウン、光が丘とも並べます。
-
人工島と埋立地の違い ポートアイランドや台場の写真で
人工島と埋立地はどちらも海を埋めた土地ですが、人工島は岸とのあいだに水を残します。ポートアイランド、六甲アイランド、アイランドシティ、台場、南港ポートタウンの空中写真を年代順に送り、岸とのあいだに水が最後まで残るかどうかという見分け方と、陸続きの計画を島に改めた福岡の例をたどります。
-
京葉線は埋立地の上を走るのか 新木場から千葉みなとの昔の写真
京葉線の沿線は埋立地なのか。新木場、舞浜、海浜幕張、千葉みなとの 4 駅を同じ年代の空中写真で並べると、どの駅の位置も古い写真では海か干潟で、陸ができてから線路が届くまでの順番が見えてきます。1986 年から 1990 年の開業とあわせて駅ごとに確かめます。
-
昔の写真で見る 浜松駅 姫路駅 富山駅 高松駅
浜松駅の北東、姫路駅の北口側、富山駅の北、高松駅の駅前。4 つの駅に接していた貨物用地や港湾用地が、空中写真の年代を送るとホールや広場、水辺の公園へ入れ替わります。アクトシティ浜松、キャスティ 21、富岩運河環水公園、サンポート高松の 4 か所を、標高と地価公示の記録を添えて並べました。
-
1974〜78 年の航空写真 多摩センターは造成のどの段階か
1974〜78 年の航空写真には、造成のさなかの街が全国に並びます。多摩センターは裸地に線路だけ、海浜幕張と金城ふ頭は区画線だけ、高蔵寺ニュータウンと名谷には住棟の列が立ちます。地面だけ / 区画だけ / 住棟ありの三段に分け、一枚の写真から街の工程を読み取ります。
-
工廠の跡地は何になったか 東京ドーム 森之宮 鈴鹿 平塚
軍の工廠や火薬廠が去ったあとの土地は、球場とドーム、公園と線路、工場の町、タイヤの工場と、場所ごとに違う姿になりました。水道橋、森之宮、鈴鹿、平塚の 4 か所を空中写真の年代ごとに送り、工場が写る年代と写らない年代の差と、跡地の上で年代を通して動かない線を比べます。
-
名古屋港 宇品 神戸 小樽 昔の写真と今の岸
名古屋港ガーデンふ頭、広島の宇品、神戸ハーバーランド、小樽築港、門司港レトロ。1945〜50 年や 1961〜69 年の空中写真では上屋と貨車が水際を占めていた岸が、2026 年時点では桟橋や広場に入れ替わっています。写真をたどれる年代の数、中心の標高、地価公示の記録を港ごとに並べて読みます。
-
百道浜の埋め立て前 海水浴の浜の線は街のどこに残るか
百道浜は埋め立て前、松原を背にした砂浜でした。空中写真では 1974〜78 年の一枚が浜の写る最後の年代で、1982 年に埋め立てが始まります。浜の線が街のどこに入ったかを、芦屋浜、りんくうタウン、和歌山マリーナシティ、四日市の霞ヶ浦地区と比べてたどります。
-
昔の名前をたどる 町名が変わった日の街
みなとみらいの旧町名は緑町、洋光台は笹下町など五つの町、流山おおたかの森の駅前は市野谷の字でした。名前が付く前の空中写真に何が写り、その土地が標高何メートルなのかを、センター北や平和島 / 大井ふ頭も交えて、町名変更の日付と地価公示の記録とあわせてたどります。
-
武蔵小杉の再開発前 工場の駅前を 7 つの年代の写真で見る
武蔵小杉の再開発前の姿を、1936〜42 年頃から 1987〜90 年までの 7 つの年代の空中写真で順に送ります。線路の弧に抱かれた工場の敷地は過去の最後の一枚まで残ります。ラゾーナ川崎、大崎ガーデンシティ、恵比寿ガーデンプレイス、殿町の工場地と比べ、入れ替わった順番を読みます。
-
名古屋で昔は海だった場所 金城ふ頭と名古屋港の昔の写真
名古屋で昔は海だった場所を、金城ふ頭、名古屋港ガーデンふ頭、ささしまライブの空中写真で順にたどります。1945〜50 年に浅い海だった沖が五角形の陸になり、荷を置く岸が人の集まる場所へ替わった順序を、標高と地価公示の記録、伊勢湾西岸の四日市と並べて読みます。
-
仙台駅東口の区画整理 線路の東側が大きな街区になるまで
仙台駅の東口は、戦災復興で格子の街路を得た西側に遅れて、城下町の短冊形の宅地と幅 7 m ほどの道が残っていた側です。1945〜50 年から 1984〜86 年の空中写真で線路の東西を見比べ、二つの区画整理で道が組み替わる順番を、あすと長町や宇都宮駅東口、高崎駅東口とも並べて読みます。
-
戦前 1936〜42 年頃の空中写真に写る東京と大阪
戦前の 1936〜42 年頃に撮られた空中写真が残るのは東京 23 区と大阪市の周辺です。汐留シオサイト、大川端リバーシティ 21、恵比寿ガーデンプレイス、高島平団地、二子玉川で戦前の一枚を開き、黒塗りの四角や白い河原、一面の田が 1961〜69 年の一枚でどう入れ替わったのかをたどります。
-
多摩川に沿って標高を読む 殿町 川崎 武蔵小杉 二子玉川
多摩川の河口から上流へ、浮島 / 殿町の 0.8 m、ラゾーナ川崎の 2.8 m、武蔵小杉の 8.3 m、二子玉川の 12.9 m。四つの地点の中心標高と四方の高低差、河道までの概距離を並べ、1936〜42 年頃から 1987〜90 年までの空中写真に何が写るかを河口の側から順にたどります。
-
タワーマンションの街の昔の写真 武蔵小杉 海老名 武蔵浦和
武蔵小杉、二子玉川、武蔵浦和、海老名、さいたま新都心、ささしまライブ。高い棟が並ぶ駅前は、1987〜90 年の空中写真ではどこも低い屋根の街でした。工場や貨物操車場、水田が写る古い年代と中心の標高、地価公示の記録を六つの駅前で並べ、棟が立つ前にそこが何だったのかをたどります。