アイランドシティ (照葉) の約 60 年前と今

福岡県 / アイランドシティ (照葉)周辺の 1961〜1969 年の空中写真と現在の写真を重ねて比較できます。写真はすべて国土地理院が公開しているものです。

昔と今の比較

1961〜1969 年1961〜69 年 (出典: 国土地理院)
現在今 (出典: 国土地理院)

この年代の見どころ: 左上の隅で三角に交差する白い直線を探したい。右上の隅には砂州の上の集落、そのあいだは一面の水面

出典: 地理院タイル (年代別空中写真 / 全国最新写真) を加工して作成

この周辺を自由に見る地図を動かして、まわりの昔と今も見比べられます。

この地点で見られる写真の年代

アイランドシティ (照葉)周辺では、次の年代の空中写真を比較に使えます。

写真の年代のタイムライン: 1961〜1969 年 (最初に表示される年代)、1987〜1990 年。右端は今 1961〜1969 年最初に表示される年代 1987〜1990 年 19401960198020002020今
写真の年代のタイムライン: 1961〜1969 年 (最初に表示される年代)、1987〜1990 年。右端は今 1961〜1969 年最初に表示される年代 1987〜1990 年 1940196019802000今

年代ごとの提供範囲は地域によって異なります。ここに挙げた年代は、この地点で実際に写真が提供されているものだけを載せています。

アイランドシティ (照葉) のあゆみ

博多湾の東の奥、志賀島へ続く砂州の付け根に、この地点はある。枠を斜めに横切る大きな島が今の写真の主役だが、過去の年代にその島は写らない。もっとも古い 1961〜69 年では、上端の左右の隅にだけ陸があり、そのあいだと下側は一面の水面である。左上の隅が雁の巣、右上の隅が砂州の上に載る集落で、埋立地の解説はたいてい「何もない」ところから始まるのに対し、この枠では前史の主役が対岸の岸に立っている。

滑走路のあった岸

左上の陸地には、幅のある白い直線がまっすぐ伸び、細い誘導路が枝分かれして付いている。飛行場の滑走路である。福岡の空の玄関はもともと湾に面した雁の巣にあり、1936 年に飛行場が開かれた。大陸へ向かう航路の拠点として、砂州の内側に広がる平坦な砂地が選ばれた。戦後は米軍が使う施設となり、日本側に返されたのは 1970 年代である。1961〜69 年の写真では滑走路の白い帯と誘導路の枝分かれ、鋸の歯のような屋根を連ねた格納庫らしい建物の列までそのまま追える。岸には白い砂浜が細く続き、右上へ弧を描いて上った先で、小さな鉤のかたちに曲がって終わる。

右上の隅にはもう一つの陸がある。砂州の上に小さな区画と道が集まって屋根の並ぶ集落になり、その西の浅い水面には暗い斑が広がる。二つの陸のあいだ、そして枠の下 3 分の 2 は、粒の粗い灰色の濃淡が続くだけの水面で、桟橋も堤も置かれていない。照葉と呼ばれる街区は、まだこの水の下にある。

運動場に変わった跡地

1987〜90 年の写真はカラーになり、飛行場跡地の使われ方がくっきりする。滑走路の白さは消え、代わりに淡い色の大きな長方形が階段状に並ぶ。運動場である。そのあいだに小さな建物と舗装面が挟まり、跡地の全体が運動施設の集まりへ姿を変えている。砂浜は明るい帯として残り、20 年以上たっても先端の鉤のかたちはほとんど同じ位置にある。海は深い緑で、撮影日の違いが多角形の濃淡になって水面に残り、継ぎ目がそのまま図形の輪郭として見えている。右上の砂州に載る集落も屋根の数を増やし、砂州の幅いっぱいまで区画が詰まってきた。対岸の岸の線そのものは、白黒の写真とほとんど変わらない位置にある。

変化は枠の右下にも出ている。直線の護岸が斜めに引かれ、その内側に中層の集合住宅が影を落として並び、北寄りには造成途中の明るい裸地が広がる。1961〜69 年で同じ場所を見ると、そこは水面だった。水だった一角が街になったわけで、湾の奥では岸に近い水域から順に陸が足されていったことがわかる。それでも枠の中央、のちに島が載る沖合には構造物が一つもない。過去の 2 つの年代は、いずれも「まだ海だった時間」を写した記録ということになる。

図面が先にあった島

土地としての照葉が現れるのは平成に入ってからである。博多湾の東側は干潟と砂州が発達した浅い海で、岸に近い水域を埋めて土地を得る工事が明治以降くり返されてきた。香椎浜や東浜のように、陸が沖へ張り出していった区域が湾の奥にいくつも並んでいる。照葉が載る人工島はその流れの延長にあたるが、岸から離れた沖合に独立した島として造られた点で先例と異なる。埋立が始まったのは 1990 年代半ばで、福岡市の港湾整備として進められ、貨物を扱う埠頭と新しい住宅地の両方を載せることが最初から想定されていた。街区の骨格は海の上で先に決まったから、今の写真に写る道路の割り方は驚くほど整っている。通りはおおむね直交して間隔もそろうが、護岸沿いでは岸の線に合わせて斜めに振れる。地形に沿って曲がった道が一本も見当たらないのは、地形より先に図面があったからである。

島の中身は左右で性格が違う。左半分から下の岸壁にかけては、色とりどりのコンテナが列をつくって積まれ、海側に門型のクレーンが等間隔で並び、大きな屋根の倉庫が四角く敷き詰められている。右半分は住まいの側で、中層の集合住宅が弧を描いて並び、そのあいだに木立と芝の広場を持つ緑地が一区画入り、背の高い建物と学校らしいまとまった敷地が続く。北西の端からは長い橋が上端左の岸へ渡り、東側では別の橋が右下の市街地へつながる。西の端には舗装されない明るい地面が広い帯で残り、区画の線とうっすらした造成の跡だけが引かれている。海を土に変える作業が終わっていないことが、写真の上でそのまま見えている。左下の水面を、白い船が細い航跡を引いて横切る。

盛られた土の高さ

海を埋めて造った土地の高さは、四方でよく揃っている。中心の 3.3 m に対して北が 4.0 m、西が 4.2 m、南が 3.1 m、東が 2.9 m で、もっとも高い点ともっとも低い点の差は 1.3 m しかない。地形の起伏ではなく、盛土の設計がそのまま面の高さになっているとみてよい。水にかかわる想定は自分の目で確かめておきたい。福岡市が公開しているハザードマップには区画ごとに色が塗られており、島の内側でも位置によって扱いが違うことが読み取れる。

鉄道は島に入っていない。もよりの駅は JR 香椎線・鹿児島線の香椎駅で、島との行き来は橋と道路が担っている。地価の記録は島の住宅地そのものに残っていて、この地点から 1.6 km ほどの位置にある。1 平方メートルあたり 2019 年の 9 万 4,700 円で記録が始まり、2025 年は 13 万 8,000 円である。記録のなかでもっとも安い年が最初の 2019 年、もっとも高い年が最後の 2025 年で、街びらきから間もない時期に始まった記録が一度も出発点を下回っていない。年代を切り替えると、灰色の水面が埠頭と街区に置き換わる対比がそのまま追える。

主な出来事
年出来事
1936 年雁の巣に飛行場が開かれる
1961〜69 年空中写真: 左上に白い滑走路の帯、枠の大部分は水面
1970 年代飛行場の敷地が日本側に返される
1987〜90 年空中写真: 跡地に運動場が並び、沖はなお水面
1990 年代博多港の東側で沖合の埋立が始まる
2000 年代コンテナ埠頭の供用と住宅の街びらきが続く
2019 年島の住宅地で 1 平方メートルあたり 9 万 4,700 円の記録が始まる
写真の見どころ
年代見どころ
1961〜69 年左上の隅で三角に交差する白い直線を探したい。右上の隅には砂州の上の集落、そのあいだは一面の水面
1987〜90 年滑走路の白さが消え、淡い長方形の運動場が階段状に並ぶ。右下の隅には直線の護岸と集合住宅が現れる
1961〜69 年 と今同じ枠を往復すると、灰色の水面がコンテナの列と住宅の街区に置き換わる
1987〜90 年 と今砂浜の先端の鉤のかたちを見比べたい。島が加わっても対岸の岸の線はほとんど動いていない

この地点の標高

アイランドシティ (照葉) の代表地点の標高は 3.3 m です (出典: 国土地理院 標高 API)。あわせて、この地点を中心とした東西と南北の標高の断面を載せています。

周辺の標高断面 (中心から東西 / 南北へおよそ 1 km ずつ)

断面の位置 (縦の緑の線 = 南北 / 横の青い線 = 東西)

東西の断面: 西端 12.7 m、東端 5.8 m、最高 14.5 m、最低 2.8 m、中心 3.3 m。縦方向は水平の約 32 倍に拡大 西 東西の断面 (縦 ×32 に拡大) 東 0 m 5 m 10 m 15 m -0.5 km 0 +0.5 km 3.3 m 14.5 m 2.8 m
東西の断面: 西端 12.7 m、東端 5.8 m、最高 14.5 m、最低 2.8 m、中心 3.3 m。縦方向は水平の約 52 倍に拡大 西 東西の断面 (縦 ×52 に拡大) 東 0 m 5 m 10 m 15 m -0.5 km 0 +0.5 km 3.3 m 14.5 m 2.8 m
南北の断面: 北端 データなし、南端 データなし、最高 4.5 m、最低 2.0 m、中心 3.3 m。縦方向は水平の約 32 倍に拡大。途中にデータなしの区間 (水面など) を含む 北 南北の断面 (縦 ×32 に拡大) 南 0 m 5 m 10 m 15 m -0.5 km 0 +0.5 km データなし 3.3 m 4.5 m 2.0 m
南北の断面: 北端 データなし、南端 データなし、最高 4.5 m、最低 2.0 m、中心 3.3 m。縦方向は水平の約 52 倍に拡大。途中にデータなしの区間 (水面など) を含む 北 南北の断面 (縦 ×52 に拡大) 南 0 m 5 m 10 m 15 m -0.5 km 0 +0.5 km データなし 3.3 m 4.5 m 2.0 m

断面のグラフで線が途切れて空白になっている区間は、標高データの提供がない場所 (海や川などの水面) です。

標高は地表面の値です (駅が地下や高架にある場合も、値は地表面のものです)。標高は防災上の一要素にすぎません。実際の水害リスクなどは、ハザードマップポータルサイトや自治体が公表するハザードマップでご確認ください。

断面の標高タイル: 地理院タイルを加工して作成

鉄道でのアクセス

アイランドシティ (照葉) の最寄り駅のひとつは香椎駅で、次の路線が利用できます。

路線情報の出典: 国土数値情報 (鉄道データ / 国土交通省) を加工して作成。

写真から見た変化のようす

1961〜1969 年の写真と現在の写真を機械的に比べると、見た目の変化の大きさは、掲載地点の中では中ほどです。下のバーは、この地点の変化の大きさが掲載地点の分布のどのあたりにあるかを示しています。

この地点 22.1 最小 12.5 中央値 23.2 最大 89.6
この地点 22.1 最小 12.5 中央値 23.2 最大 89.6

変化の大きさは、2 枚の写真の画素の明暗差の平均 (この地点は 22.1 / 0〜255 の範囲) にもとづきます。また、写真のきめ細かさ (テクスチャ量) は 3.9 から 28.9 へ変わっています。いずれも写真どうしの機械的な比較で、撮影時期や白黒とカラーの違いによる差も含まれるため、あくまで目安としてご覧ください。

地価公示価格の推移

この地点に最も近い地価公示の標準地は「福岡県 福岡市東区香椎照葉2丁目24番182」(直線距離で約 1.6 km / 用途は住宅) です。この標準地の 2019 年から 2026 年までの公示価格 (1 平方メートル当たり) の推移は次のとおりです。

アイランドシティ (照葉) の最寄り標準地の地価公示価格の推移 (2019 年から 2026 年 / 1 平方メートル当たり) 0 円5 万円10 万円15 万円 2019 年: 9.5 万円2020 年: 10 万円2021 年: 10.8 万円2022 年: 11.6 万円2023 年: 12.6 万円2024 年: 13.3 万円2025 年: 13.8 万円2026 年: 14 万円9.5 万円14 万円201920202026
アイランドシティ (照葉) の最寄り標準地の地価公示価格の推移 (2019 年から 2026 年 / 1 平方メートル当たり) 0 円5 万円10 万円15 万円 2019 年: 9.5 万円2020 年: 10 万円2021 年: 10.8 万円2022 年: 11.6 万円2023 年: 12.6 万円2024 年: 13.3 万円2025 年: 13.8 万円2026 年: 14 万円9.5 万円14 万円20192026
推移を表で見る
公示価格の推移 (1 平方メートル当たり)
年公示価格
2019 年94,700 円
2020 年100,000 円
2021 年108,000 円
2022 年116,000 円
2023 年126,000 円
2024 年133,000 円
2025 年138,000 円
2026 年140,000 円

出典: 国土数値情報 (地価公示データ / 国土交通省) を加工して作成。公示価格は毎年 1 月 1 日時点の標準地について公表される値で、個々の土地の取引価格を示すものではありません。標準地の選定や所在地は年によって見直されることがあります。

近くの地点

アイランドシティから近い順に並べています。あわせて見比べると、同じ地域がどう移り変わってきたかがつかめます。

同じ成り立ちの地点

アイランドシティと同じく埋立地として生まれた街を、離れた地域から選んでいます。土地の使われ方や街の形の共通点を見比べられます。

この地点が登場するよみもの