掘り込み港湾の地形を 4 港で比べる

公開日: 2026 年 8 月 11 日 ・ この記事は約 4 分で読めます

海を埋めるか、陸を掘るか

港を新しく造る方法は、大きく二つに分かれます。海側へ土砂を運んで陸を張り出す埋立と、海岸の内側にある陸地を掘り下げて水面をつくる掘り込みです。埋立が選ばれるのは、浅い海が沖まで続き、背後に使える平地の余裕がない場所です。掘り込みはその逆で、水深の浅い砂浜や砂丘が長く延び、背後に用途の限られた土地が広がる海岸で成り立ちます。掘った土砂をそのまま隣接地の造成に回せることも、この方式の利点でした。

空中写真を年代順に送ると、二つは輪郭の伸びる向きで見分けられます。埋立は海へ向かって直線的な岸が生えていき、掘り込みは陸の内側へ向かって水面が食い込んでいきます。

砂丘を Y 字に掘り下げた鹿島

鹿島臨海工業地帯 は、掘り込みという発想がもっとも大きな図形として残った場所です。1961〜69 年の写真には、砂丘と松林の海岸線と、その背後の畑と集落が写っています。そこへ Y 字型の水路が刻まれ、1974〜78 年、1979〜83 年、1984〜86 年と年代を送るごとに、水路の両側へ製鉄所と石油化学のプラント群が並んでいきます。写真のきめ細かさの値は 18.7 から 30.5、画素の明暗差の平均は 18.6 です。開発前の砂丘と松林がすでに粗い模様として写っていたぶん、きめ細かさの値の増え方はこの 4 港の中でいちばん小さく出ています。

単調な砂浜を掘った苫小牧

苫小牧港 (西港) は 1963 年に開港した掘り込み式の港です。1961〜69 年の写真には、直線的な砂浜と、その内側に広がる原野が写っています。目印になる岬も入江もない海岸で、船を着けるには水面そのものを内陸に用意する必要がありました。1974〜78 年の写真では、掘られた水面に沿ってふ頭と貯木場、工場の敷地が並びます。写真のきめ細かさの値は 8.9 から 37.6 へ動き、増え方はこの 4 港の中で最大です。開発前が一様な砂と草地で、模様と呼べるものが乏しかったことの裏返しでもあります。

潟湖が港に変わった富山新港

富山新港 (新湊) は、出発点がほかと違います。ここにはもともと放生津潟という海跡の潟湖がありました。1968 年の開港にあたり、潟と海を隔てていた砂州を切り開き、潟の内側を掘り下げて港湾に転換しています。1961〜69 年の写真では潟の水面と周囲の水田が、1974〜78 年の写真では広げられた航路とふ頭が読み取れます。写真のきめ細かさの値は 8.8 から 34.1、画素の明暗差の平均は 19.7 で、差分はこの 4 港の中で最大です。切り開かれた砂州は東西の岸の行き来を断ち、2012 年の新湊大橋の開通で結び直されました。帆船海王丸が係留される海王丸パークは、その岸のひとつに当たります。

製紙の街に開いた田子の浦

田子の浦港 では、1961 年の開港以降、内陸へ向かって水面が段階的に伸びました。1961〜69 年、1974〜78 年、1979〜83 年、1987〜90 年と 4 世代の写真がそろうため、岸壁と工場敷地が広がる過程を細かく追えます。製紙関連の工場が大量の水と輸送手段を必要としたことが、掘り込みを進める動機になりました。写真のきめ細かさの値は 8.4 から 30.4、画素の明暗差の平均は 12.6 です。

標高が語る立地の条件

掘り込みが成り立つ海岸は、背後の土地が低く平らであることが前提になります。数値もそれを裏づけます。富山新港は中心の標高が 3.6 m で、四方の測定点は 2.2 m から 3.1 m に収まります。田子の浦港は中心 3.7 m、いちばん低い測定点は 1.8 m です。苫小牧港は中心 7.3 m、四方も 6.8 m から 7.4 m と、5 点の差が 0.6 m しかありません。

鹿島臨海工業地帯だけは様子が異なり、中心 7.5 m に対して北 21.8 m、南 20.7 m と大きな開きがあります。鹿島神宮が乗る台地と、その間へ入り込む低地が交互に並ぶ地形のためです。標高の低い一帯の備えについては、国土交通省のハザードマップポータルサイトで公表されている情報を確認してください。

地価公示に残る四つの系列

周辺の地価公示は、埋立地の再開発を扱った記事とは違う形を描きます。

鹿嶋市宮中の住宅地は、1988 年の 1 平方メートルあたり 7 万 1,000 円から 1991 年から 1992 年の 9 万 6,000 円へ上がり、そこから 2014 年の 2 万 5,900 円まで下がりました。2020 年は 2 万 9,300 円、2025 年は 2 万 9,700 円で、下げ止まったあとは横ばいです。

苫小牧市栄町の住宅地は、1985 年から 1988 年の 5 万 3,300 円が系列の最高値で、1990 年から 1998 年は 5 万円のまま動きません。以降は 2015 年の 2 万 5,900 円、2023 年から 2024 年の 2 万 3,700 円まで下がり、2025 年は 2 万 5,000 円です。

高岡市石丸の工場地は、2003 年の 1 万 9,000 円から 2013 年の 1 万 4,700 円へ下がったあと、2022 年まで同額が続き、2025 年は 1 万 5,400 円へ戻しました。工場地の系列は、住宅地に比べて上下の振れが小さく出ています。

富士市鈴川中町の住宅地は、2005 年の 7 万円から 2025 年の 3 万 4,100 円へ、20 年をかけて半分以下になりました。

見どころ

掘り込み港湾では、水面の形がそのまま設計図です。年代を送りながら、水路の幅や角の丸め方がどこで変わったか、掘った土砂を積んだ造成地がどこまで広がったかを追ってみてください。埋立の岸が海へ生えていくのとは逆向きの変化として読み取れます。

本記事の価格は各時点の実例であり、執筆後の市場価格を反映するものではありません。

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