大阪湾岸 60 年 埋立と再開発の変化

公開日: 2026 年 8 月 11 日 / この記事は約 13 分で読めます

大阪湾を囲む臨海部は、1960 年代の空中写真と 2026 年時点の画像を並べると、同じ場所とは信じにくい対比になります。船だけが浮かんでいた水面にオフィスと住棟が載り、貯槽や貨物側線で埋まっていた区画が観光と商業の街に変わりました。ただし置き換わり方は一様ではありません。この記事では大阪から尼崎・神戸・泉州までの湾岸を、写真の年代・標高の測定値・公示価格の系列という 3 つの手がかりで並べ、変化がいくつの型に分かれるのかを追いかけます。

湾岸の地点と最も古い空中写真の年代
地点最も古い年代経緯
コスモスクエア (咲洲)1928 年頃沖を埋立
南港ポートタウン1928 年頃沖を埋立
ユニバーサルシティ1928 年頃用途替え
京セラドーム大阪1928 年頃用途替え
あまがさきキューズモール周辺1928 年頃用途替え
神戸ハーバーランド1945〜50 年用途替え
HAT 神戸1945〜50 年用途替え
芦屋浜1945〜50 年岸を埋立
ポートアイランド1945〜50 年沖を埋立
六甲アイランド1945〜50 年沖を埋立
りんくうタウン1961〜69 年沖を埋立

船が浮かんでいた水面に載る街区

大阪市の咲洲は、湾岸の変化がもっとも激しく出た場所です。コスモスクエア の位置は 1928 年頃の空中写真では全面が水で、陸地は写りません。水面に散る細長い白い形は停泊した船で、数十を数えられます。斜めに走る細い線は海に築かれた防波堤で、1974〜78 年でも 1984〜86 年でも同じ位置に同じ形で残ります。

埋立の先端は年代を送ると追えます。1961〜69 年には画面の右下に直線の護岸で縁取られた造成面が現れ、1974〜78 年には右下の広い範囲が裸地になり、護岸に囲まれた水面が港の形を先取りします。1984〜86 年には島の北半分が形をなし、中央の平場の南西にコンテナの列が並び、北の海にはまだ防波堤だけが延びています。海の上に引かれた区画線が街区になるのはその後で、1994 年にアジア太平洋トレードセンター (ATC) が開業し、1997 年には鉄道が北端まで延びてコスモスクエア駅が開きました。1961〜69 年と 2026 年時点を重ねた画素の明暗差の平均は 89.6 で、掲載地点の中で最大です。標高は中心 4.3 m と低く平らです。

同じ咲洲の南側の 南港ポートタウン は、住むための街として造成されました。1961〜69 年には護岸で囲われた広い造成面の内側が水を含んだ裸地で、区画も道路もありません。1974〜78 年には道路と区画が通り、北側の岸壁に倉庫と荷役設備が並びます。1979〜83 年には板状の住棟が向きをそろえて建ち、1981 年に新交通システムのニュートラムが開業しました。1984〜86 年には円形の運動場と緑地が加わり、街の骨格がそろいます。

数字にも同じ順序が出ます。写真のきめ細かさを示す値は 1961〜69 年の 8.8 から 2026 年時点の 48.4 へ増え、増加幅 39.6 は掲載地点の中で最大です。均質な水面だった画面が、棟割りと街路樹、学校の敷地に細かく刻まれたためです。標高は測定点によって 2.7〜7.7 m と差があり、埋立の時期が違う面が隣り合っています。倉庫用地の公示価格は 2013 年を底に、2026 年までで 2 倍以上に上がりました。始めの数年の下げより、そのあとの上げの方がはるかに急です。

塀の内側が入れ替わった岸

海を足すのではなく、既にあった臨海の産業用地を入れ替えた岸もあります。ユニバーサルシティ の一帯は、1928 年頃には安治川の左岸に細長い建屋が並び、工場と鉄道の敷地で埋まっていました。1936〜42 年頃には刻みの多い屋根の列と岸の円い貯槽が写り、左上の水面には枝分かれする細い筋が広がります。潮の引いた干潟の模様で、その範囲は 2026 年時点の画像では陸です。1945〜50 年には川の右岸から屋根が消え、明るい面に街路の格子だけが残りました。

1961〜69 年の写真は円い貯槽の群れと掘込みの水面が主役で、1979〜83 年には線路の束が南東へ収束し、1984〜86 年には岸壁沿いに白い箱の列が並びます。工場の塀が消えた岸にテーマパークとホテル街が現れるのは 2001 年で、同じ年に鉄道の駅も開業しました。きめ細かさの値は 18.3 から 50.6 へ増えました。標高は中心が -0.2 m で掲載地点の中で最も低く、北の測定点は -1.2 m です。低い土地であることは写真からも数値からも読めますが、災害の想定はこの数値からは分かりません。住宅地の公示価格は 13 年でゆるやかな上げにとどまり、端点の開きは小さい方です。

神戸ハーバーランド の一角は、1874 年に開いた神戸駅の裏側にあたります。1945〜50 年には岸に細長い上屋が平行に並び、背後に貨物側線が扇形に広がります。1984〜86 年には側線の一角が土色の更地になり、突堤のあいだの水面も陸になりかけています。貨物駅の廃止を経て跡地は 1992 年に街びらきし、2001 年には市営地下鉄の海岸線が通りました。画素の明暗差の平均は 28.6。標高は中心 2 m と低く、住宅地の公示価格は 1995 年の 27 万 5 千円が最も高く、2026 年は 15 万 8 千円で 1995 年の 6 割弱の水準です。

貯槽と工場の跡に立つ屋根

用途替えは岸から少し内側でも起きています。京セラドーム大阪 の敷地は、1928 年頃には明るい円がいくつも並ぶ貯槽の場所で、外側には既に家並みが詰まっていました。1961〜69 年には白い円が五つ、北に二つと南に三つ並び、1979〜83 年には大きな円が二つと南西の隅の小さめの円が残ります。1997 年に跡地へ球場が開場し、2006 年に命名権で京セラドーム大阪という名になりました。2026 年時点の画像では北半分が銀色の円い屋根で、南の隅の丸いものだけが同じ場所に残ります。円い形が円い形に置き換わった、湾岸では珍しい入れ替わりです。

標高は中心 0.4 m、北の測定点が -0.2 m、南が 3.7 m で、堤防や道路の高さの差がそのまま出ています。住宅地の公示価格は 2017 年の 45 万 5 千円から 2026 年の 95 万 6 千円へ動き、端点の金額差 50 万 1 千円は掲載している湾岸の地点の中でもっとも大きくなります。ただし倍率でみると 2.1 倍で、ポートアイランドをやや下回る水準です。

あまがさきキューズモール周辺 は、時代ごとに三度性格が変わりました。1874 年に大阪と神戸を結ぶ鉄道が開通し、神崎駅が置かれます。1928 年頃には駅の周りが一面の田畑で、短冊状の区割りと左寄りに走る線路の束が写ります。この線路の位置は 2026 年時点の画像でも変わりません。1961〜69 年には田畑が消え、線路の南北に大屋根の建屋が並ぶ工場の街になりました。

1997 年に JR 東西線が開業して尼崎駅は三路線が集まる駅になり、2009 年にはビール工場の跡地へ大型商業施設が開業し、2013 年にあまがさきキューズモールとなりました。2026 年時点の画像では屋根の粒が大きくまとまり、駅の北に背の高い棟が立ちます。きめ細かさの値は 16.9 から 45.6 へ増えました。標高は中心 1.4 m、西の測定点が 0.4 m と低い土地です。住宅地の公示価格は 1983 年の 20 万 8 千円から 1991 年に 55 万 5 千円まで上がり、2010 年代前半の底を経て 2026 年は 19 万 5 千円です。40 年を隔てた端点がほぼ同じで、途中に大きな山があった系列です。

空港とともに現れた陸地

りんくうタウン の足元は、1984〜86 年の写真でもまだ泉州沖の海です。1961〜69 年には沖に埋立地がなく、白い砂浜の海岸線が斜めに走ります。1974〜78 年には沖の海面に暗い点の列が現れ、1984〜86 年には岸沿いの海が黄土色に濁った帯になります。陸になるのは 1994 年 9 月の関西国際空港の開港に歩調を合わせた埋立の後で、同じ年に対岸部の鉄道駅が開き、1996 年には高層のゲートタワービルが完成しました。

きめ細かさの値は 40.5 から 41.3 でほとんど動きません。岸側の市街が最初から画面に入っているためです。平らにそろう埋立地の標高も特徴で、中心 3.8 m に対して周りの測定点は 3.5〜3.9 m にとどまります。丘陵を削って階段状に造った 泉北ニュータウン (泉ヶ丘) では中心 71.5 m に対して南の測定点が 84.6 m で、13 m 以上の開きがあります。同じ時期の新しい街でも、下地の地形が違えば断面は別の形になります。

標高の測定値の幅
地点中心最も低い測定点最も高い測定点
りんくうタウン3.8 m3.5 m3.9 m
六甲アイランド4.9 m4.6 m5.9 m
ポートアイランド4.6 m3.7 m5.7 m
芦屋浜4.2 m2.1 m4.4 m
ユニバーサルシティ-0.2 m-1.2 m1.7 m
南港ポートタウン4.1 m2.7 m7.7 m
HAT 神戸6.4 m3.8 m22.9 m
泉北ニュータウン (泉ヶ丘)71.5 m71.5 m84.6 m

山を削って沖を埋めた神戸

神戸市は市街地の背後の山を削り、その土砂で沖合を埋める方式を採りました。山と海のあいだの土砂が動いた順序は、写真によく残っています。ポートアイランド の位置は 1961〜69 年には海面と船影だけで、のちの島の南の縁にあたる位置に細い直線が一本引かれています。1966 年に沖合で埋立が始まり、1970 年には神戸大橋で島が本土と結ばれました。1974〜78 年には島の内側に入り江のような未埋立の水面が残り、1979〜83 年には街区を一周する角の丸い線が通ります。

1981 年に第 1 期が完成し、同年にポートライナーが開業して島を会場にした博覧会が開かれました。1984〜86 年には中央の街区に背の高い建物が立ち、南の縁の外はまだ暗い海です。2026 年時点の画像ではその線から先へ第 2 期の街区が広がり、2006 年には島の南の沖に神戸空港が開きました。画素の明暗差の平均は 18.7、きめ細かさの値は 8.3 から 42.3 へ増えています。事務所と倉庫の用地の公示価格は 2015 年の 8 万 3 千円から 2026 年の 18 万 5 千円で、端点比は 2.2 倍です。

続いて築かれた 六甲アイランド は、1961〜69 年にはまだ一面の海でした。1972 年に埋立が始まり、1974〜78 年には海の中ほどを水平に走る護岸の細い線と、海面に顔を出した砂色の土砂、その周りの薄い緑の濁りが写ります。1977 年に六甲大橋が架かり、1979〜83 年には東西に細長い帯が伸びて内側に水面を囲い込み、1984〜86 年には四角い島の全形がそろいます。1990 年には島へ新交通の路線が通りました。

系列の形はポートアイランドと似ません。工場用地の公示価格は 1993 年の 25 万円が最も高く、2015 年の 5 万 3,800 円を底として 2026 年の 11 万円も 1993 年の半分に届きません。造成の方式も年代も近い人工島でも、用途と時代の当たり方で数字はここまで分かれます。標高の測定点の幅は 4.6〜5.9 m で、ポートアイランドと同じく平らです。

震災を挟んだ海際の街

HAT 神戸 は、1945〜50 年には画面の右下半分が暗い海面で、海際に大屋根の工場が列を作り、左下に泊地が見えます。1961〜69 年には埠頭が沖へ伸びて円い貯槽が並び、1974〜78 年には中央の上に楕円のトラックが現れます。1984〜86 年には北のトラックの内側が朱色に見え、工場帯は赤茶の大屋根で埋まっています。1995 年の阪神・淡路大震災の後、工場の移転で空いた土地は新しい都心として整備され、2002 年に兵庫県立美術館が開館しました。2026 年時点の画像では、大屋根の群れが板状の住棟の列に変わっています。

震災が変えた土地の使い方は数値にも残ります。きめ細かさの値は 17.4 から 43.7、画素の明暗差の平均は 27.9 です。標高は中心 6.4 m ですが北の測定点で 22.9 m まで上がり、六甲の山裾が海際に迫る断面がそのまま出ます。住宅地の公示価格は 2011 年と 2012 年の 17 万 4 千円を底に戻し、2026 年は 33 万 4 千円で 1997 年の始点 28 万 5 千円を上回りました。

芦屋浜 は、埋立と震災の両方を経た住宅地です。1945〜50 年には白く輝く砂の帯が海岸線を描き、その位置は 2026 年時点の画像では街の内側に隠れています。1974〜78 年には海へ張り出した二区画の裸地に区画割りの直線だけが引かれ、1979 年から高層住宅群への入居が始まりました。1979〜83 年には高層の棟が二つのかたまりになって並び、1984〜86 年には南に二つ目の造成地が現れます。

1995 年 1 月 17 日の兵庫県南部地震では芦屋市も大きな被害を受けました。2026 年時点の画像では南の埋立地に低い住宅が広がり、扇形の砂浜とヨットの桟橋が並びます。住宅地の公示価格は 1993 年の 67 万円が最も高く、2005 年の 23 万円を底に、2026 年は 32 万 5 千円です。

四つに分かれた湾岸の型

公示価格の記録の端点 (1 平方メートルあたり)
地点用途記録の始点最も低い年2026 年
コスモスクエア (咲洲)・南港ポートタウン倉庫2011 年 9 万 3 千円2013 年 8 万 9 千円19 万 8 千円
ユニバーサルシティ住宅2013 年 21 万 4 千円2014〜2019・2021 年 21 万 3 千円23 万 8 千円
京セラドーム大阪住宅2017 年 45 万 5 千円2017 年 45 万 5 千円95 万 6 千円
あまがさきキューズモール周辺住宅1983 年 20 万 8 千円2012〜2014 年 18 万 2 千円19 万 5 千円
神戸ハーバーランド住宅1995 年 27 万 5 千円2015・2016 年 13 万 7 千円15 万 8 千円
HAT 神戸住宅1997 年 28 万 5 千円2011・2012 年 17 万 4 千円33 万 4 千円
芦屋浜住宅1993 年 67 万円2005 年 23 万円32 万 5 千円
ポートアイランド事務所・倉庫2015 年 8 万 3 千円2015 年 8 万 3 千円18 万 5 千円
六甲アイランド工場1993 年 25 万円2015 年 5 万 3,800 円11 万円
りんくうタウン住宅1999 年 14 万 1 千円2014・2015 年 6 万 2,100 円7 万 2 千円

年代を送って見比べると、変化の型は大きく四つに分かれます。海面から街を起こした咲洲・南港・ポートアイランド・六甲アイランド・りんくうタウン、産業用地を用途ごと入れ替えたユニバーサルシティ・神戸ハーバーランド・京セラドーム大阪、田畑から工場、工場から商業へと二段で移ったあまがさきキューズモール周辺、そして震災という外からの力が輪郭を書き換えた HAT 神戸と芦屋浜です。同じ湾岸再開発という言葉でくくられていても、写真に残る手順はそれぞれ別物でした。

公示価格の端点の表からは、湾岸の街が同じ時代を同じようには歩んでいないことも分かります。記録が 1990 年代前半に始まる地点では始点が系列の最も高い値で、最も低い値は多くが 2015 年前後に来ます。記録が 2010 年代に始まる地点では始点が最も低い値かそれに近く、2026 年が最も高い値です。用途によって、動いた時期も開きの向きもそろいません。

街の見た目の変化と数値の変化は、別の物差しとして扱った方が読みやすくなります。掲載している標高は地表面の測定値であり、水害や地震の想定を示すものではありません。土地ごとの災害の想定については、国土交通省のハザードマップポータルサイトから各自治体の公表資料をご確認ください。

本記事の価格は各時点の実例であり、執筆後の市場価格を反映するものではありません。

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