地価公示の 40 年をニュータウンの空中写真と重ねる

公開日: 2026 年 8 月 11 日 / この記事は約 13 分で読めます

40 年分の数字が残っている地点

地価公示は毎年 1 月 1 日時点の価格を一点ずつ積み上げた記録で、同じ地点を長期にわたって追えます。1983 年から続く系列を持つ住宅地なら、40 年を超える折れ線が引けます。空中写真が土地の見た目を年代ごとに切り取るのに対して、地価公示は同じ場所の評価を毎年刻んでいきます。造成直後の裸地が写る一枚と、その年の価格を並べて読むと、街の履歴が二重に見えてきます。

丘陵に開かれたニュータウンは、この重ね読みに向いています。もとの地形が山林や谷の田で、造成の前と後が写真の上では別の土地に見えるほど変わるからです。しかも造成の時期は 1960 年代から 1970 年代に集まっていて、価格の記録が始まる 1983 年は、街びらきから十年ほど経った頃にあたります。写真は街になる前を、価格は街になった後を担当する、という分担になります。

ここで取り上げるのは、丘陵地に開かれた 5 つの地点です。写真の側はいずれも 1961〜69 年の一枚が造成の前後にあたり、価格の側は系列の長さがそれぞれ違います。長いものは 44 年分、短いものは 11 年分しかありません。同じ物差しを当てているつもりでも、記録された窓の長さが違えば、そこから読める話も変わります。

記録の窓は地点ごとに違う

先に、五つの地点で記録されている値の幅を並べておきます。価格はいずれも 1 平方メートルあたりで、それぞれの地点の近くにある住宅地の系列です。ここで扱う系列はいずれも 2026 年の公示までを収めた範囲で、以下に出てくる「最も高い年」「最も低い年」や系列の長さは、2026 年 9 月時点で参照できる範囲のなかでの話です。

五つの地点で記録された値の幅
地点記録の始まり最も高い年最も低い年2026 年
男山団地1983 年 13 万円1991 年 37 万 7,000 円2021 年 9 万 1,300 円10 万 3,000 円
南町田1983 年 19 万 5,000 円1988 年 65 万 3,000 円1983 年・2005 年・2006 年 19 万 5,000 円31 万 4,000 円
名谷1989 年 24 万円1991 年 42 万 5,000 円2011〜2013 年 13 万 6,000 円16 万 3,000 円
洛西ニュータウン2016 年 14 万 8,000 円2016・2026 年 14 万 8,000 円2021〜2023 年 14 万 3,000 円14 万 8,000 円
たまプラーザ2016 年 43 万円2026 年 64 万 4,000 円2016 年 43 万円64 万 4,000 円

同じ表のなかに、最も高い年が 1988 年の地点と 2026 年の地点が並んでいます。最も高い値と最も低い値の差も、4 倍を超える地点から 5 千円しかない地点までばらけています。以下では一地点ずつ、写真に写る造成の跡と、この幅の中身を突き合わせていきます。

山林の丘に建った団地が刻んだ 40 年

男山団地 は 1972 年に入居が始まった京都府八幡市の大規模団地です。京阪本線の樟葉駅から東の丘を見上げる位置にあり、駅のある枚方市は大阪府、団地は京都府なので、この街の通勤と通学は府境をまたいで成り立ってきました。丘陵の北端には石清水八幡宮が鎮座し、男山という名はそれで古くから知られてきました。丘を切り開いたのは日本住宅公団で、丘に街が載った時期と重なるように、八幡町は 1977 年に市制へ移っています。

写真の側では、1961〜69 年の一枚がまだ山です。樹林が丘を覆い、谷の奥まで棚状の小さな田が入り込み、丘のふところには水を貯めたため池が黒く写ります。それが 1974〜78 年の一枚では、画面の中央を斜めに貫く明るい造成地の帯と、そこに整列した板状の住棟に変わります。1961〜69 年の写真と今の写真を比べると、きめの細かさを表す値は 12.5 から 31.8 へ増えています。標高の計測点は尾根の上で 45.3 m から 51.3 m に収まる一方、東の一点だけが 31.2 m まで落ち、木津川の低地へ向かって片流れに下る台であることが数字にも出ます。

価格の記録は、約 710 m 離れた男山金振の住宅地で続いています。始まりの 1983 年は 13 万円で、そこから 1988 年の 15 万円まで毎年上がりますが、5 年間の上げ幅は 1.2 倍ほどにとどまります。動きが変わるのはその後です。1989 年に 17 万 2,000 円、1990 年に 32 万 8,000 円、1991 年に 37 万 7,000 円と駆け上がり、記録のなかで最も高い値が付きます。1983 年の 2.9 倍です。

下げはそこから長く続きます。1991 年から 2006 年までの 15 年は、前年を上回った年が一度もありません。2006 年の 10 万 2,000 円は、最も高い年の 3 割に届きません。さらに小さな上下を挟みながら下げて、2021 年の 9 万 1,300 円が最も低い値になります。2021 年から 2026 年は 5 年続けて上がり 10 万 3,000 円になりましたが、1983 年の 13 万円には戻っていません。記録の始点を下回ったままという点が、この地点の 44 年分の折れ線をいちばん短く言い表します。

一年で倍近くに跳ねた年

三つの長い系列を横に並べると、上げが集中した年がはっきりします。男山金振では 1989 年の 17 万 2,000 円が 1990 年に 32 万 8,000 円へ、南町田の近くでは 1987 年の 24 万 6,000 円が 1988 年に 65 万 3,000 円へ、名谷の近くでは 1989 年の 24 万円が 1990 年に 39 万 4,000 円へ動いています。いずれも 1 年で 1.6 倍から 2.7 倍という段差です。一年で倍近くに跳ねた年が、どの地点にも 1988 年から 1991 年のあいだに入っています。

面白いのは、その段差の年を写真の側で見られる地点が限られることです。男山団地で選べる年代は 1936〜42 年頃から 1979〜83 年までで、価格が跳ねた年に近い写真はありません。名谷も 1984〜86 年までです。1987〜90 年の写真を持つのは、ここで挙げた 5 地点のうち南町田とたまプラーザの二つだけです。価格が最も動いた数年をそのまま上から見たいなら、この二地点で年代を送るのが早い、ということになります。

畑と雑木林が商業の街になった場所

南町田グランベリーパーク の 1961〜69 年の写真に写るのは、境川沿いの短冊状の畑と谷の樹林です。駅も線路も、まだ画面のどこにもありません。1976 年に田園都市線が延伸して南町田駅が開業し、2000 年には駅の南側に商業施設が開業します。その施設は 2017 年に営業を終え、2019 年に建て替えられた施設の開業に合わせて駅名が南町田グランベリーパークへ改められました。標高の計測点は中央で 71.7 m、きめの細かさは 1961〜69 年と今の写真で 15.9 から 29.4 へ変わります。

約 360 m 離れた鶴間 3 丁目の住宅地では、1983 年の 19 万 5,000 円から 1988 年の 65 万 3,000 円まで、5 年続けて上がっています。上げ幅は 3.3 倍を超えます。写真でいえば、西側の造成地が屋根で埋まり、駅の南東の整地が進んだ時期に重なります。

そこからの動きは、上げよりずっと長く伸びます。1988 年から 2006 年までの 18 年で前年を上回った年は一度もなく、2005 年と 2006 年には 19 万 5,000 円まで下がりました。記録の始まった 1983 年とまったく同じ額です。同じ額へ二度戻った系列ということになります。向きが変わるのはその後で、2013 年から 2026 年は前年を下回った年がありません。2026 年は 31 万 4,000 円で、1983 年の 1.6 倍ほど、最も高い 1988 年に対しては 5 割弱です。街の姿は駅前の大きな屋根と公園の緑に置き換わりましたが、価格の折れ線は 1988 年の高さにはまだ遠いところにあります。

丘を削って海を埋めた街

名谷 を含む須磨ニュータウンは、神戸市が須磨の丘陵を大規模に削って造成した街です。削り出した土砂は海へ運ばれ、ポートアイランド などの埋め立てに使われました。「山、海へ行く」と呼ばれた事業です。地下鉄の名谷駅が開業したのは 1977 年で、標高の計測点は中央で 97.7 m、南は 111.7 m あります。きめの細かさは 1961〜69 年と今の写真で 15.9 から 39.4 へ変わり、丘の樹林が街区に置き換わった度合いが数字にも出ます。

約 500 m 離れた竜が台 7 丁目の住宅地は、記録の始まりが 1989 年です。上り坂の途中から記録が始まったことになり、1989 年の 24 万円が 1991 年には 42 万 5,000 円になります。2 年で 1.8 倍近くという速さで、他の二地点が 5 年かけた上げ幅に近い動きが、この地点では記録の最初の 2 年に収まっています。

下りの側は 20 年分そろっています。1991 年から 2011 年まで、前年を上回った年はありません。2011 年の 13 万 6,000 円は最も高い年の 3 割強で、この値は 2013 年まで 3 年続きます。2013 年から 2026 年は前年を下回った年がなく、2026 年は 16 万 3,000 円です。最も低い値の 1.2 倍ほどで、上げの勾配は男山金振より緩く、南町田より控えめです。同じ 1991 年に頂点を付けた三地点でも、そこから 30 年余りの戻り方はきれいに分かれます。

五年ごとに並べて比べる

長い系列を持つ三地点について、5 年ごとの値を抜き出しておきます。1985 年の名谷は系列が始まる前なので値がありません。

5 年ごとに見た 1 平方メートルあたりの価格
年男山団地南町田名谷
1985 年13 万 9,000 円20 万 3,000 円記録なし
1990 年32 万 8,000 円56 万 9,000 円39 万 4,000 円
1995 年24 万 9,000 円36 万 3,000 円25 万 3,000 円
2000 年18 万 3,000 円26 万 2,000 円23 万 2,000 円
2005 年10 万 4,000 円19 万 5,000 円15 万 1,000 円
2010 年10 万 2,000 円21 万 8,000 円13 万 8,000 円
2015 年9 万 3,400 円22 万円13 万 9,000 円
2020 年9 万 2,000 円24 万 2,000 円14 万 4,000 円
2025 年9 万 8,800 円28 万 8,000 円15 万 8,000 円

この表からは、下げの速さが地点ごとに違うことが読めます。1995 年から 2000 年の 5 年で、名谷は 25 万 3,000 円から 23 万 2,000 円へと小さく動くだけですが、続く 2000 年から 2005 年では 15 万 1,000 円まで落ちます。男山団地の近くは 2005 年の時点ですでに 10 万円台に入り、そこから 20 年間は 9 万円台と 10 万円台の狭い幅を動きます。南町田は 2005 年を境に向きが変わり、5 年ごとの値がそこから 4 回続けて増えていきます。同じ年に同じ制度で測った値でも、丘ごとに折れ線の形はここまで違います。

観測できる窓が短い二つの地点

長い系列がどの地点にもあるわけではありません。洛西ニュータウン は京都市が西京区の丘陵に計画し、1976 年に入居が始まった街です。丘の頂を削り谷を埋めた台の上に、竹の里や境谷といった町名の街区が載っています。鉄道の駅は画角の外で、街の背骨を通るのは幅の広い道路です。標高の計測点は西が 72.4 m でいちばん高く、東は 56.9 m、中央は 62.6 m で、西から東へ下る片流れの台になっています。きめの細かさは 1961〜69 年と今の写真で 18.7 から 41.0 へ変わります。

約 640 m 離れた大枝北福西町 2 丁目の住宅地は、記録が 2016 年から始まります。街が丘に載った時期からは 40 年ほど後で、造成の前後を挟む値はここには残っていません。始まりの 2016 年の 14 万 8,000 円から 2021 年の 14 万 3,000 円まで 5 年続けて下がります。この値は 2023 年まで 3 年同じで、2024 年から 2026 年に 3 年続けて上がり、2026 年に始まりと同じ 14 万 8,000 円へ戻りました。記録のなかで最も高い 14 万 8,000 円は 2016 年と 2026 年の 2 回で、最も低い値との差は 5 千円です。十年ほどの記録はごく狭い幅に収まっています。

たまプラーザ は東急の多摩田園都市の中核として開かれた街です。1945〜50 年の写真には谷戸の田と雑木林が、1961〜69 年の写真には造成が始まった頃の丘陵が写ります。駅が置かれたのは 1960 年代の半ばです。標高の計測点は 54 m で、きめの細かさは 15.3 から 42.6 へ変わり、ここで挙げた 5 地点のなかで最も大きく動いています。

約 270 m 離れた新石川 3 丁目の系列も 2016 年からです。ただし中身は洛西ニュータウンの近くとまるで違い、2016 年の 43 万円から 2026 年の 64 万 4,000 円まで、10 回とも前年を上回っています。11 年で 1.5 倍です。同じ 11 年の窓で、一方は始まりと同じ値に戻り、もう一方は 21 万 4,000 円上げました。窓の長さが結論を変えるという点はここで押さえておきたいところです。この二地点だけを見れば「丘の街の価格は動かない」とも「上がり続ける」とも書けてしまいますが、長い系列を持つ三地点を見た後では、どちらも 11 年分の切り取りにすぎないと分かります。

同じ丘でも折れ線は揃わない

系列のなかで向きがそろっていた区間を、地点ごとに書き出しておきます。前年との差を一年ずつたどって、上げだけの区間、前年を上回らなかった区間、前年を下回らなかった区間に分けたものです。

系列のなかで向きがそろっていた区間
地点上げの区間下げの区間戻しの区間
男山団地1983〜1988 年 毎年上昇1991〜2006 年 前年超えなし2021〜2026 年 毎年上昇
南町田1983〜1988 年 毎年上昇1988〜2006 年 前年超えなし2013〜2026 年 前年割れなし
名谷記録の始まりが 1989 年1991〜2011 年 前年超えなし2013〜2026 年 前年割れなし
洛西ニュータウン記録の始まりが 2016 年2016〜2021 年 毎年下落2021〜2023 年 横ばいのあと 2024〜2026 年 上昇
たまプラーザ2016〜2026 年 毎年上昇該当区間なし該当区間なし

こうして並べると、下げの区間の長さが 15 年から 20 年に及ぶことが目につきます。上げは 5 年ほどで終わり、下げはその 3 倍から 4 倍の年数をかけています。南町田と名谷では戻しの区間も 14 年と長く、しかも戻り着いた高さは地点ごとに違います。山と谷が一本の線に残るというのは、こういう非対称な形のことです。造成された年代がほぼ同じで、丘を削って台をつくったという成り立ちも似ている街でも、価格の折れ線は同じ形に収まりません。

年代を送って確かめる

ここで見た五つの折れ線は、いずれも街ができた後の記録です。街になる前の姿は写真の側にしかありません。丘一面の樹林と谷の田、造成の裸地に街路の線だけが引かれた一枚、住棟の列が埋まった一枚。それらを送りながら、その年代に対応する価格を思い出してみると、数字の裏にある風景が具体的になります。男山団地なら 1974〜78 年の造成地の帯を見た後に、1983 年の 13 万円という始点を置くと、記録がどの時点から始まったのかが実感しやすくなります。

同じ読み方は、他の丘の街にも当てはめられます。日本で最初の大規模ニュータウンとされる 千里ニュータウン (千里中央) や、大阪府の南の丘陵に開かれた 泉北ニュータウン (泉ヶ丘) でも、造成前の写真と価格の記録が並んでいます。年代を切り替えながら、上げの区間と下げの区間がその土地の見た目のどの変化に重なるのかを、一地点ずつ確かめてみてください。

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