三大ニュータウンの 60 年 千里 多摩 泉北
規模と先駆性でしばしば並び称される大規模ニュータウンとして、大阪の千里、東京の多摩、大阪府南部の泉北が挙げられます。いずれも 1960 年代から 70 年代に丘陵を造成して築かれた街で、空中写真を年代順に送ると、山林や谷筋が数年で碁盤の街区に置き換わる過程がそのまま見られます。造成の手順が似ている一方で、街びらきの時期がずれた分だけ、公示価格の系列は別々の形を描きました。
先に始まった千里、後から追った丘
千里中央 の一帯は 1962 年に街びらきを迎えています。1961〜69 年の写真には、造成の刃が入った地面と、まだ手つかずの竹林や谷地が混ざり合った過渡的な景色が写ります。1974〜78 年、1979〜83 年の写真になると街区は固まり、商業の核と住宅地の骨格が見分けられるようになります。1961〜69 年と 2026 年時点の画像を重ねた画素の明暗差の平均は 25.6、写真のきめ細かさを示す値は 17.2 から 51.1 へ、およそ 3 倍に増えました。
泉ケ丘 の街びらきは 1967 年で、1971 年に泉北高速鉄道の泉ケ丘駅が開業しています。千里から 5 年遅れの着手ですが、1961〜69 年の写真にはまだ丘陵の稜線と農地が残り、変化の本体は 1974〜78 年以降の写真に現れます。きめ細かさの値は 23.3 から 38.5 で、増え方は千里より穏やかです。造成前の画面に農地の区画や里道が既に刻まれていた分、街になった後との差が小さく出ます。
多摩センター の入居開始は 1971 年でした。1974〜78 年の写真は造成の真っただ中で、削られた斜面と造成済みの平場が入り混じります。画素の明暗差の平均は 18.1。南大沢 はさらに後発で、京王相模原線南大沢駅の開業が 1988 年、写真の上で街の輪郭が定まるのは 1980 年代の世代からです。
中部圏最大級として計画された 高蔵寺ニュータウン は 1968 年に入居が始まりました。きめ細かさの値は 8.0 から 39.6 へ増えており、造成前の画面が山林で均質だったことを裏返しに示しています。最寄りの高蔵寺駅は JR 中央線と愛知環状鉄道線が接続する結節点です。
尾根の上に街を置いたという共通点
標高を並べると、丘陵造成という共通点が数値で浮かびます。千里中央は中心 66.6 m で周辺の測定点は 64〜70.8 m、泉ケ丘は中心 71.5 m に対し南 84.6 m、西 82.9 m、多摩センターは中心 88.6 m で南 103.8 m、西 98 m、南大沢は中心 115 m で最大 127.3 m、高蔵寺は中心 50.6 m で北 55.3 m、南 45.7 m です。
いずれも中心と周辺で 10〜15 m 前後の差があり、平坦にそろう埋立地とは対照的です。谷を埋め尾根を削って平場を作る造成では、住区ごとに高さの段差が残り、その段差が地形図と写真の両方に痕跡として現れます。南大沢の中心 115 m は掲載地点の中でも高い側に並びます。
掲載している標高は地表面の測定値であり、水害や地震の想定を示すものではありません。土地ごとの災害の想定は、国土交通省のハザードマップポータルサイトから各自治体の公表資料を参照してください。なお千里中央の駅は地下にあるため、掲載値は地表面の高さを示します。
公示価格の底が同じ年に来ない
4 つの街の公示価格の系列は、街びらきの順序をそのまま反映してはいません。千里中央に近い豊中市新千里西町の住宅地は、1 平方メートルあたり 1995 年の 440,000 円から 2005 年の 232,000 円まで下がり、2025 年に 338,000 円へ戻りました。10 年で半値近くまで落ちてから 20 年かけて 4 分の 3 の水準まで回復した形で、振れ幅がもっとも大きい系列です。
多摩市落合の住宅地は 2002 年の 251,000 円から 2012 年の 210,000 円へ下がり、2025 年に 252,000 円。八王子市南大沢の住宅地は 2001 年の 203,000 円から 2005 年の 163,000 円へ下がり、2025 年の 210,000 円が系列の最高値です。どちらも底が千里より 7 年から 10 年遅く来ています。
堺市南区竹城台の住宅地は 2016 年の 107,000 円から 2021 年まで 107,000 円で動かず、2025 年に 114,000 円。春日井市高蔵寺町北の住宅地は 2014 年の 104,000 円から 2025 年の 132,000 円へと、緩やかな上向きだけを示します。同じ丘陵ニュータウンでも、価格の谷が訪れた年と深さは街ごとに別物でした。
写真の年代と街の年齢を突き合わせる
ニュータウンを空中写真で読む要点は、街びらきの年を挟んで前後の世代を比べることです。千里なら 1961〜69 年、泉北なら 1974〜78 年、多摩と高蔵寺なら 1974〜78 年から 1979〜83 年、南大沢なら 1980 年代の写真が、山林から街区へ切り替わる境目にあたります。造成の途中を写した一枚が残っている街では、削られた斜面の向きや残土の置き場まで見分けられます。
本記事の価格は各時点の実例であり、執筆後の市場価格を反映するものではありません。
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